2021.03.19

会社退職と元従業員の競業避止義務

弁護士 菅原 胞治
 

 
会社従業員が退職後に、勤務中の経験を生かして、同業の別会社(ライバル会社)を立ち上げ競業行為を行った場合、競業避止義務違反を問われ、ときには元の会社から損害賠償請求を受けることがあります。退職後の競業行為のすべてが違法とされるわけではありませんが、ここでは、どのような場合に責任を問われるのか、よくありがちなある事例を紹介しましょう。

退職後の同業他社設立と元会社の顧客奪取

例えば、次のような事例です。

  • ● 工作機械製造業のX社の従業員A・Bは、退職後、Y社を立ち上げX社と同種事業を開始した。
    退職前のAは営業、Bは制作現場を担当していたので、Y社でも同様の役割を分担した。
  • ● Aは退職時の挨拶まわりで、営業担当先だった甲社等に同種の事業を営むので取引をさせてほしいと伝え、うち甲社からは翌々月から受注を獲得、その半年後からそれ以外の元取引先数社からも受注するようになった。
  • ● これに対し、X社は、もともと積極的な営業を展開しておらず、遠方の甲社からの受注にも消極的であった。
    また、A・Bの退職後、X社は、従来の取引先から受注した仕事をこなすのに忙しかったため、甲社等からの受注額は減少した。
  • ● X社は約1年後、Y社の競業事実を知った。
    Aらの退社前は甲社等に対するX社の売上高は全体の3割を占めていたが、Aら退職後はその5分の1程度まで大幅減少。一方Y社の甲社等に対する売上高は全体の8~9割を占めるに至っていた。
    つまり、Y社は売上げの大部分をX社の顧客から得てシェアを奪った形となった。

X社の訴えと判断が分かれた1審・2審の判断

上記は実際の事件を簡略化して述べたものですが、X社は、上記のような取引奪取行為は違法で、A・Bの労働契約上の競業避止義務違反があり、またはA・B・Y社の不法行為責任があるとして、甲社等に対するX社の売上減少額のうち粗利益に相当する金額に弁護士費用を加えた約1,300万円の損害賠償を請求しました。
 
第1審(地裁)は、労働者には退職後、職業選択の自由があり、原則として競業行為を禁止されるものではないから、退職前に知り得た営業秘密を利用したり、取引上逸脱した方法・態様で営業上の利益を侵害したりした場合でない限り、退職後の競業行為を違法ということはできないとしました。
 
ところが、第2審(高裁)は、Aらは甲社等を主たる取引先として事業を運営していくことを企図して本件競業行為を開始し、Aと甲社等の営業上のつながりを利用してX社から取引先を奪い、Y社のほぼすべての売上を甲社等から得るようになる一方、X社に売上減少の大きな損害を与えたのであるから、社会通念上自由競争の範囲を逸脱しY社らの共同不法行為に当たるとして約700万円の損害賠償を命じました。

最高裁(最判平成22.3.25)の結論

上記のように1・2審で判断が分かれましたが、最高裁は、以下のように述べてX社の請求を認めませんでした。

  • ● 本件の場合、Aは、退職の挨拶時などに甲社等に独立後の受注希望を伝える程度のことはしていても、営業担当者であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて、X社の営業秘密情報を用いたり、X社の信用をおとしめたりする等の不当な方法で営業活動を行ったことは認められない。
  • ● また、退職直後から取引開始したA社についてはX社が営業に消極的だった面もあり、本件競業行為でX社との自由な取引が阻害されたという事情はうかがわれず、Aらの退職直後にX社の営業が弱体化した状況をことさら利用したとも言い難い。
  • ● さらに、退職者は競業行為について元の勤務先に開示する義務を当然に負うものではないから、Yらが本件競業行為をX社に告げなかったとしても違法と評価すべき事情とはいえない。
  • ● 以上から本件競業行為は、社会通念上、自由競争の範囲を逸脱した違法なものとはいえず、不法行為に該当しないし信義則上の競業避止義務違反があるともいえない。

まとめ

従業員に退職後も競業避止義務を課すためには、退職後の競業避止義務を定めた就業規則や特約(誓約書等)が必要というのが多数説です。
しかし、そのような特約等がない場合でも、正当な自由競争の範囲を逸脱するようなときは不法行為となり得ると考えられています。例えば、
 
例)計画的な従業員引き抜き
  重要な秘密の漏えい、営業秘密の不正取得
  顧客の大量奪取など
 
もっとも、退職者の立場からすれば、退職前の知識・経験等を活かし同じ業界で就業したりすることは生存のためにやむを得ないこともありますし、職業選択の自由、自由競争の観点からも、ある程度許容されるべきだとも言えます。
 
本事例は、元営業担当者としての過去の人的関係の利用、売上の大半を元取引先から得ている点等があったものの、この程度では違法とまでは言えないとされたものです。

なお、退職後の競業避止義務を定めた就業規則や特約(誓約書等)がある場合は、これと違った判断がされる可能性がありますが、競業禁止期間が長すぎる場合は、その禁止は無効とされることもあるので注意が必要です。
 
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています

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