2022.01.21
取締役の解任と損害賠償請求
弁護士 岩元 雄哉
目次
1. はじめに
労働者の解雇が問題となる場合、その要件が厳しいものであり、解雇無効を争われる事例が多数あることはご存知の方も多いかと思います。
では、取締役の立場にある人の解任が問題となる場合には、労働者の場合と同じように解任を争ったり、何らかの補償を求めたりすることができるのでしょうか。
2. 取締役の地位
労働者は、会社との間で雇用契約を結んでいる関係にあるのに対し、取締役は、会社との間で委任関係にあります。そのため、労働者の解雇と取締役の解任は異なる枠組みで判断されることになります。
そして、委任関係はその性質上いつでも解除可能とされており、取締役の解任についても株主総会の決議によって、いつでも解任可能であるとされています(会社法339条1項)。解任には理由も要求されません。
したがって、適正な手続きに基づく株主総会の決議によって解任された場合、解任自体を争うことは困難であることになります。
※ただし、取締役営業部長という呼称があるように、取締役の立場と従業員の立場を兼務する場合(従業員兼務取締役)もあり、この場合には、取締役の解任の問題に加えて、同一人について労働者の解雇の問題も併存する場合があるため注意が必要です。
3. 損害賠償請求
では、解任された取締役は会社に対して何も求めることができないかというとそうではなく、解任について正当な理由がある場合を除き、会社に対して解任によって生じた損害の賠償を請求することができるとされています(会社法339条2項)。
4. 正当な理由の内容
それでは、損害賠償請求が認められるかどうかを左右する「正当な理由」とはどのようなものになるでしょうか。
(1) 法令・定款違反
取締役に善管注意義務違反がある場合(東京地裁平成8年8月1日判決)、名誉信用棄損がある場合など、法令や定款に違反する行為が解任の理由である場合には、正当な理由があると判断されています。
(2) 心身の故障
病気療養に専念するため、取締役としての職務を果たせなくなったというような場合、正当な理由があると判断されています。(最高裁昭和57年1月21日判決)
(3) 職務への著しい不適任(能力の著しい欠如)
税務処理上明らかな過誤を犯した監査役について、著しく不適任であるとして解任の正当な理由を認めた例があります。(東京高裁昭和58年4月28日判決)同様の趣旨は取締役にも妥当すると考えられます。
(4) 経営判断の失敗
経営判断の失敗が解任の正当な理由となるかどうかについては争いのあるところです。取締役の経営判断を不当に制約する旨指摘しこれを否定する見解もありますが、一方で、経営判断の誤りが正当な理由になりうるとしたうえで、正当な理由を肯定する例も見られます。(広島地裁平成6年11月29日判決)
(5) 人間関係の悪化
主要な経営陣との折り合いが悪くなったであるとか、株主の信頼を失ったというような人間関係の悪化のみを理由とする場合には、正当な理由とは認められない例が多く見られます。(東京地裁昭和57年12月23日判決)
例えば、経営方針の違いから現経営陣に反旗を翻した結果解任されたような場合であっても、反旗を翻したことで経営陣の間での関係が悪化したということのみで正当な理由になるわけではなく、経営方針の対立の生じた理由やその合理性なども踏まえた判断になります。
5. 損害賠償の範囲
損害賠償が認められる場合に、その損害とはどのようなものが認められるでしょうか。この点、ここでいう「損害」とは、解任されなければ残存任期中及び任期満了時に得られた利益の額と考えられています。これは任期に対する取締役の期待を保護するものです。
具体的には、解任されなかった場合の任期満了までの役員報酬はこれに含まれることになります。一方、役員賞与や在任期間が延びることによる退職慰労金の増加分については、それが支払われたであろう蓋然性が高ければ損害として認められる可能性もありますが否定例もあるところで、個別具体的な事案の内容を加味する必要があります。
6. まとめ
以上のように、取締役の解任については、労働者の解雇とは異なり、株主総会の決議があれば解任そのものは特に理由を問わず有効になります。
ただし、解任に正当な理由が認められなければ、会社は損害賠償を支払う必要があり、その正当な理由は、上述のように単なる人間関係の悪化ではなく合理的なものでなければなりません。
そして、ひとたび損害賠償が認められることになれば、残存任期の役員報酬額については損害となることが見込まれます。
そのため、役員として再任されて間もない時期での解任の場合や、非公開会社において定款により取締役の任期が長く(最長10年)定められている場合には、会社にとっては思いがけず多額の損害賠償を請求される可能性があるため、注意が必要です。
一方で、解任された取締役としては、突然の解任にあたって、解任自体は争えないとしても損害賠償の可否については検討すべきポイントとなります。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
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