2022.04.01
結婚相談所・マッチングアプリと婚約破棄
弁護士 亀井 瑞邑
1. 結婚相談所やマッチングアプリと婚約の解消
令和4年4月現在、新型コロナの流行により、コロナ禍となって3年目となります。この間、在宅ワークの普及や緊急事態宣言などにより、他人と会うという機会自体が減少しており、他方で、社会情勢が不安定となり、また一人暮らしを続ける中で、他者との繋がりを求める方が多くなっています。
このような社会の変化に伴い、結婚相談所やマッチングアプリなどを利用して、交際に至り、婚約にいたるカップルが増えています。
もっとも、結婚相談所やマッチングアプリでは、相手の素性が分からない中での出会いであることや、例えば大手結婚相談所では出会いから成婚退会(「婚約」した状態のこと)まで約3ヶ月を目途とされていることなどから、出会いから結婚までの期間が短く、実際に成婚退会をしたものの、いざ結婚が目の前に迫ると、これからの生活に様々な不安が生じ、気持ちが揺らぐことも少なくありません。
他方で、「婚約」をしたにもかかわらず、それを解消するとなると、相手の結婚に対する期待をはじめ、婚約に対する清算をする必要があります。また、場合によっては、所謂「婚約破棄」として、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性もあります。
コロナ禍という事情も相まって、弊所でも、結婚相談所やマッチングアプリにより出会い、短期間で婚約に至ったものの、その婚約関係を解消したい(あるいは、婚約関係を解消したいと言われた)というご相談が増えております。
以下では、婚約破棄に基づく損害賠償責任について、一般論を確認した上で、裁判例を数点ご紹介いたします。
2. 婚約破棄に基づく損害賠償請求が認められるかどうか
婚約破棄に基づく損害賠償請求権が認められるか否かは、基本的に、以下の点が主たる争点となります。
① 婚約が成立したか否か
② 仮に婚約が成立していたとして、「合意による解消」か、もしくは「相手からの一方的な婚約解消」か
③ 正当な理由の有無
④ 損害の発生
⑤ ②と④の因果関係
結婚相談所による成婚退会が法律上の「①婚約の成立」に該当するかどうかは慎重に判断する必要があります。法律上、婚約が成立していたというためには、結婚の意思が双方にあることが必要であり、客観的にもこの意思を推認させる事情が必要です。
結婚相談所の場合は、出会ってから婚約までの期間の長さが一般的に短いこと、同居の事実もないことから、両家の顔合わせの有無や、婚約指輪の購入の有無をはじめ、諸般の事情を総合的に考慮して、法的な保護に値する「婚約」であると主張する必要があります。
特に、成婚退会直後における婚約の解消の場合には、そもそも法的な意味での①「婚約の成立」が否定される可能性や、③「正当な理由」が存在するとして、損害賠償請求が否定される可能性があります。
もっとも、結婚を約束したからこそ成婚退会をしたのであり、例えば結納や結婚式の打ち合わせ、新居に住むための準備、新婚旅行の予約などをしていた場合、お相手の方の結婚に対する期待は相当程度に高かったといえます。この点に関する精神的な賠償金(慰謝料)の請求権が認められる可能性があり、その他、結婚式場のキャンセル代や新居に住むための準備費用といった財産的な損害についても、財産的な損害として請求権が認められる可能性があります。
いずれにせよ、成婚退会をしたということは、一度は結婚を約束した間柄であることは変わりなく、婚約を解消することは、当人だけの問題ではありません。婚約を解消されてしまう側にとっても精神的につらい時期となりますので、法的な責任を負うかどうかはさておき、誠意をもって対応する必要があります。
3. つきまとい行為への対策
婚約の解消を希望していても、相手方は好意の感情がなお残っている場合も想定されます。この場合、所謂「つきまとい行為」や「ストーカー行為」などに発展する可能性もあります。
ストーカー行為の被害に不安を覚えた場合には、当事者間での話し合いによって解決を図ることは危険です。防犯の心構えをもって対応する必要がありますので、被害がより深刻になる前に、弁護士や所轄の警察署(生活安全課など)にご相談ください。
なお、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」では「つきまとい等」について、以下のように定義されています。
第二条
「つきまとい等」とは、特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。
一 つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その現に所在する場所若しくは通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと。
二 その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと
三 以下省略
また、「ストーカー行為」とは、「つきまとい等…を反復してすることをい」い(同条4項)、同法では、以下のように罰則規定が定められています。
第十八条 ストーカー行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
4. 裁判例の紹介
最後に、マッチングアプリや結婚相談所経由で知り合い、婚約に至った事案の婚約破棄の裁判例について紹介します。
所謂マッチングアプリにより知り合い、交際に至ってから1ヶ月ほどで婚約に至ったものの、経済的な面における価値観の乖離から婚約の解消に至った事案に関しては、以下のように判示された裁判例があります。
「婚約をした者らが債務を有することに関してそれぞれ異なる価値観を有するとすれば、その者らがその後に婚姻しても円満な関係の構築に支障を生ずる可能性が少なくなく、それにもかかわらず婚姻を強いるのは相当といい難い。」
「価値観の相違に加え、原告は被告との初対面から1ヶ月余りで被告に対してプロポーズをし、遅くともその1ヶ月余りで原告と被告が婚約をするという急激な展開をたどっており、原告と被告は婚約までに互いの性格や価値観を十分に理解していたのかについても疑問である」
「(以上の事実を)考慮すれば、原告と被告との婚約が解消に至るのはやむを得ないものであり、被告が原告との婚約を解消したことにつき正当な理由がなかったとまで認めるには足りないというべき」
(東京地判令和3年9月30日(Westlaw Japan 文献番号2021WLJPCA07288008))
結婚相談所を通じて知り合い、結婚を前提として婚約して同居したものの、その後、別居し、婚約関係が解消されたところ、当事者双方が、相互に、相手方において婚約を不当に破棄した旨を主張して損害賠償請求をした事案に関しては、以下のように判示された裁判例があります。
そして、上記の悪循環については、原告が、本人尋問において、自らの被告に対する配慮不足を自認する一方で、被告も、本件会話の中で、原告の悪意のない発言を、自らが深刻に捉えている旨等を自認していることに照らせば、双方に原因がある」
「婚約関係の破綻に係る根本的な原因については、双方に帰責性がある。」
「以上を考慮すれば、婚約関係の破綻については、原告の帰責性が、被告の帰責性を相当程度上回るものの、双方に帰責性があるものというべきであるから、原告、被告のいずれにおいても、相手方に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を請求することはできない」
(東京地判令和元年11月19日(Westlaw Japan 文献番号2019WLJPCA11198001))
最後に、婚約破棄とは少し異なりますが、マッチングアプリに関係して、以下のような事案を紹介します。
男性が既婚者であることを秘して、女性と肉体関係を結んだことにより、女性の人格権ないし貞操権は侵害されたかどうかに関する判断に対して
「前記認定事実によれば、被告は、独身者であることが条件とされている本件サイトに登録し、既婚者であることを秘して原告との交際を開始したこと、被告は、原告に対し、近い将来、原告と婚姻することを前提とする言動を繰り返していたこと、原告は、被告が独身者であると信じ、婚姻を前提として、被告と肉体関係を有するに至ったことが認められ、これらの事実を踏まえると、原告は、被告が既婚者であると知っていれば、被告と肉体関係を持つことはなかったと認めることができる。
したがって、被告が既婚者であることを秘して、原告と肉体関係を結んだことにより、原告の人格権は侵害されたと認めることができる。」
被告が原告に対し支払うべき慰謝料の額に対する判断
「前記認定事実によれば、被告は、原告に対し、知り合った当初から婚姻を前提とした言動を繰り返していたこと、本件サイトは、結婚相手を紹介するインターネットサービスを提供するサイトであり、独身者のみが登録・利用できるものであったこと、原告は、独身者であると信じて被告と肉体関係を持った結果、妊娠し、これを被告に告げたが、被告は、原告の出産直前まで既婚者であることを隠し続け、むしろ、近い将来婚姻することを匂わせる言動をする一方で、原告とした約束を破るという態度を繰り返していたこと、出産後、原告が認知を求めたのに対し、被告は自ら要望したDNA鑑定の実施を撤回し、任意認知を約束したにもかかわらず、結局は認知しないまま、子の出生から約2年10ヶ月が経過していること、今後、被告との婚姻の見通しはほぼないこと、被告は、平成30年6月を最後に、原告が求める費用負担に応じていないことなどが認められる。
これらの事実によれば、被告の不法行為は、肉体関係を持つか否かの意思判断にとどまらず、出産という原告の人生に大きな影響を及ぼしており、妊娠判明後の被告の言動と相俟って、原告が受けた精神的苦痛は大きいと評価すべきである。加えて、交際期間、原告の年齢等の諸般の事情を総合的に考慮すると、被告が原告に支払うべき慰謝料の額は、200万円とするのが相当である。」
東京地判令和元年8月23日(Westlaw Japan文献番号 2019WLJPCA08238005)
5. 最後に
長引くコロナ禍において、出会いが多様化し、結婚相談所やマッチングアプリを利用して結婚に至るカップルも多くなっています。もっとも、どのような出会いであっても、結婚という人生の重要な場面における判断であることには違いはありません。
また、このような人生の重要な場面であるからこそ、婚約を解消するに際してのトラブルも増えています。婚約関係の解消に際しては、一度出来た「ご縁」を遺恨なく解消し、「これからの生活」を新たにスタートするためにも、ご家族やご友人のご意見だけでなく、第三者の専門的な知見からの法的なアドバイスが重要となります。
婚約の解消をしたい、もしくは婚約の解消を申し込まれたという場合には、法的な専門家にご相談いただき、状況に応じて、より適切な方法をご一緒に見つけることが望ましいでしょう。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
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