2025.09.18
婚前契約で財産と事業を守るために
目次
はじめに
結婚は人生の大きな転機であり、祝福されるべき門出です。
しかし、資産家や経営者の方にとっては、もう一つの側面──「財産や事業をどう守るか」という現実的な課題が浮かび上がります。
離婚が現実となった場合、婚姻中に築いた財産は原則として財産分与の対象になります。会社の株式、不動産、預金、投資資産──いずれも分与の対象となり得るのです。これは経営の安定、一族の財産承継、ひいては取引先や従業員の生活にも直結する重大なリスクです。
そのリスクを軽減する有効な手段が、「婚前契約(夫婦財産契約)」です。
本稿では、婚前契約の法的基礎、有効に機能する条項と無効となるリスク、財産分与、そして実務フローまで、経営者・資産家の方に必要な情報を丁寧に解説します。
1. 婚前契約とは何か──日本法上の位置づけ
婚前契約の法的根拠
夫婦の財産関係について定める契約は、婚姻前に締結する必要があります。これを「夫婦財産契約」と呼び、民法755条以下に制度が定められています。
婚姻届出前に締結、届出までに登記
夫婦財産契約は、婚姻届出前に契約し、必要があれば婚姻届出までに登記することで第三者にも対抗できます(民法756条)。
婚姻後は原則として変更できず(不可変更性:民法758条)、例外は管理者の変更等に限られます。
2. 資産家が直面するリスク──財産分与の本当の怖さ
財産分与とは何か
離婚にあたって行われる財産の清算を「財産分与」といいます。民法768条が根拠条文です。
これは、離婚の際には、夫婦の一方が他方に対して「夫婦が婚姻中に協力して築いた財産を分けてほしい」と請求できる権利を保障しています。
資産家の方にとって重要なのは、財産分与は「名義に関係なく」広く及ぶという点です。たとえ名義が本人一人であっても、婚姻中の共同生活で形成されたと認められれば対象となります。
趣旨──“夫婦の共同生活の成果を分ける”
財産分与は「慰謝料」や「贈与」ではなく、夫婦が協力して築いた生活の成果を公平に分ける仕組みです。
• 稼いだのは夫で妻は専業主婦という場合でも、妻の家事労働は「財産形成への貢献」と評価されます。
• 共働きかどうかにかかわらず、家庭の維持自体が双方の貢献とされます。
つまり、「稼いだのは自分だ」と思っていても、離婚時には相手と分け合うのが原則なのです。
対象となる財産
• 預貯金
• 株式・投資信託・保険解約返戻金
• 婚姻中に取得した不動産
• 退職金(将来受給分も含む場合あり)
特有財産(分与対象外)
• 婚姻前の財産
• 相続・贈与による財産
ただし、対象財産と混ざってしまうと夫婦共有財産と認定される危険があります。
資産家(創業者)特有の問題点
• 自社株
会社への出資の大部分は婚前の貯金(特有財産)によるものでも、婚姻後の増資では、特有財産と共有財産が混在し、比率を明確に特定することができなくなる可能性。
• ストックオプション
婚姻前に割当てを受け、婚姻後にそれを行使して株式を取得し、全て売却して利益を受けた場合の売却益が共有財産とされる可能性。
• 法人財産
法人と個人の関係が実質的に一体とみなされる場合や、法人が実態を伴わない場合、法人名義の資産も婚姻後の共有財産として扱われれる可能性。
財産分与の割合
実務は2分の1ルール。最高裁も「専業主婦の貢献も等しく評価される」としています。
結果、築いた財産の半分が移転するリスクがあります。
もっとも、資産規模が大きい場合に2分の1ルールの例外として、割合を6:4とした判例(大阪高判平成26年3月13日判タ1411号177頁)、8:2とした判例(大阪家裁審判平成23年7月27日)や9.5:5とした判例(東京地裁平成15年9月26日)があります。
まとめ
財産分与は、名義に関係なく、半分が移転するという資産家にとって最大の離婚リスクです。婚前契約は、離婚によって会社経営に支障が生じるリスクを軽減する制度的手段といえます。
3. 有効な条項と無効リスクのある条項
有効とされやすい条項
• 婚姻前の財産は各自の特有財産とする
• 婚姻後の収入も夫婦の共有財産とするもの以外は各自の特有財産とする
• 相続や贈与によって得た財産は本人の特有財産とする
• 一方が負った債務はその者が単独で負担する
無効とされやすい条項
• 「絶対に離婚しない」といった婚姻の自由を制限するもの
• 「不貞をしたら慰謝料1億円」など、公序良俗に反するほど過大な条項
• 同居・扶助義務を否定する条項
このように、過度に高額な違約金や定額慰謝料条項は無効とされる可能性があります。
4. 資産別に考える婚前契約
会社株式・持分
• 自社株は「常に本人の特有財産」とする
• 株式の管理権・議決権は婚姻中も本人のみが行使する
不動産
• 婚前に所有していた不動産は本人の特有財産とする
• 婚姻後に購入する場合も、購入資金の出どころに応じて所有権割合を定める
• 特有財産を担保として借入で取得する資産は特有財産とする
金融資産・預貯金
• 婚前預金と婚後預金を明確に区別する
• 共同生活費用については専用の口座を設け、その範囲のみ共有とする
相続財産
• 婚姻中に得た相続財産も常に本人の特有財産とする
• 運用による収益についても本人帰属とする旨を明記
5. 婚前契約の実務フロー
1. 弁護士への相談
財産状況、婚姻後の生活設計、相続・事業承継の意向を丁寧にヒアリング。
2. 契約草案の作成
双方の意見を反映した条項を設計。特に「公平感」を重視しないと、相手が合意しにくい。
3. 登記申請
必要に応じて婚姻届出前に登記。第三者(債権者など)への対抗要件を確保。
4. 婚姻届提出
ここで初めて婚前契約が法的効力を発揮する。
6. よくある質問
婚姻後でも契約できますか?
夫婦財産契約はできません。例外的に、管理者の変更は婚姻後でも可能です。
公正証書にする必要がありますか?
結論から述べると、公正証書にする必要は低いと考えます。婚前契約は、私製証書として当事者同士で作成しても有効です。したがって、必ずしも公正証書でなければならないわけではありません。私製証書でも法律上の効力を持ちますし、弁護士などの専門家に関与してもらえば、法的に問題のある内容になるリスクは相当低くなります。
特に「週に1度は一緒に食事をする」「家事は折半する」といった取決めは、夫婦にとって大切な約束事であっても、法的手続きによって履行を強制することは難しいため、公正証書に盛り込むのは現実的ではありません。加えて、このような生活上の取り決めは、婚姻生活を送る中で状況に応じて変更が生じやすいものです。そのたびに公正証書を作り直すとなれば、手続や費用の面で負担が大きくなります。
相手が嫌がるのでは?
一方的な内容だと拒否されます。フェアネスを確保し、「互いを守る契約」という位置づけで説明することが大切です。
結び
婚前契約は、愛情の欠如を意味するものではありません。むしろ、将来の予測できないリスクに備え、大切な人と安心して生活を築くための約束です。
とくに資産家や経営者の方にとっては、会社の支配権や一族の資産を守るために不可欠なガバナンス手段となります。
当事務所は、相続・不動産・男女問題に強みを持ち、虎ノ門・新橋エリアというアクセスの良い立地で幅広いご相談に対応しています。婚前契約や財産分与でお悩みの方は、ぜひ弊所の法律相談にいらっしゃってください。
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※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
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