2023.08.18

遺産の無償使用と特別受益~遺産でもめないために~親の土地や建物を無償で使用していた場合、相続分は減るのか?

弁護士 岩楯 清一
 

1. はじめに

子が、親所有の土地を無償で借り、そこに自分で建物を建てて居住していた場合や、親所有の土地建物を無償で借りて居住していた場合、親が亡くなって遺産相続するとき、それら無償使用は、特別の利益を得たとして相続分から引かれてしまうのでしょうか。
 
本稿では、親の遺産である土地や建物を無償使用した子が、他の相続人から無償使用を理由に相続分の減額を求められた事案を例に、その使用利益が特別受益を得たと言えるかについて解説したいと思います。
最後に、将来の相続人間でもめないため、事前にしておくと良い方法もお伝えします。

2. 事案

子Cが、父Aから乙土地を無償で借り、自分でお金を出して家を建てて住んでいました。母は既に他界しています。
また、子Bは、Aから甲土地にある丙建物にAと同居しています。Bも特にAに賃料は払っていません。甲土地、乙土地、丙建物はいずれもAの所有でA名義となっています。
その後、Aが死んだため、相続が開始しました。その相続人は、子であるB、C、Dです。B、C、Dは遺産分割協議をしましたが、話はまとまらず、Dから、下記のような主張が出されました。

① 遺産である土地の無償使用

DはCへ「CはAの乙土地を無償使用しているのだから、その分、相続分が減るのではないか。」と言ってきました。この場合、Cの相続分は減るのでしょうか。 
また、Cは、自分の建物が遺産である乙土地上にあるため、Aの死後は丁建物から出ていかなくてはならないのでしょうか。

② 遺産である建物の無償使用

DはBへ「BはAの丙建物を無償使用しているのだから、その分、相続分が減るのではないか。」と言ってきました。この場合、Bの相続分は減るのでしょうか。
また、Bは、遺産である丙建物から出ていかなくてはならないのでしょうか。

3. ①(遺産である土地の無償使用)について

(1) 貸主の死亡による使用貸借への影響とその後の使用の可否

本件では、CはAからA所有の土地を無償で借りています。この貸し借りは、民法上の使用貸借にあたります。このような親子間の貸し借りは、使用貸借の契約書が作成されていなかったり、終了時期も明確に口頭での約束もないことも多いものです。その場合は、黙示の使用貸借契約が成立していると考えられます。
 
使用貸借は、借主が死亡した場合には終了しますが、借主保護のため貸主が死んでも当然には終了しません。そして、目的物使用の終了期限を定めていないときは、使用目的に従った使用収益が終わったとき、又は、使用収益をするのに必要な期間が過ぎたときに契約が終了します。 
 
本件では、Aが貸主なのでAが死んでも当然にはAC間の使用貸借は終了せず、終了期限も定めていなければ、CがAの相続人B、Dと乙土地を無償使用する関係が続きます(Cについては、賃貸人と賃借人の立場がCに来るため混同により消滅します)。
 
「土地の使用目的に従った使用収益が終わったとき、又は、使用収益をするのに必要な期間が過ぎたとき」には使用貸借は終了しますが、その旨の主張が必要であり、それらは事案ごとの具体的事情によって異なってきます。例えば、AC間で、Cが成人し社会人として自立して生活できるようになったら、乙土地から出ていくなどの合意があれば、Cがそのような状態に至ったときには出ていかなくてはなりません。
 
また、上記事情がない場合、Cに乙土地から出て行ってもらうには、Aを相続した者、即ちB、DとCの間で、使用貸借の終了に合意する必要があります。実際には、乙土地上にはCが建てた建物もあるため、Cが自らの住居利用を理由として乙土地から出ていくのを拒否したら、他の相続人から出ていくのを求めること容易ではありません。この場合、遺産分割協議で互いに譲歩しながらまとめていくことも必要でしょう。
 
使用貸借が終了したと判断されCが乙土地から出ていかねばならなくなった場合、使用借権は賃借権と異なり、建物買取請求権は無いため、Cは基本的には建物を解体して、乙土地を更地にして返さなければなりません。この場合でも、Cが建物に住み続けたいときには、遺産分割協議の際、乙土地の所有権を相続したい旨を述べて、他の相続人が合意すること等が必要になります。
 
なお、Cの使用貸借が終了したと判断された後に、遺産分割協議で乙土地の所有権を取得できず、乙土地の使用も継続していた場合には、その使用は不当な利益となり(「不当利得」といいます。)、Bらから使用利益の侵害分の返還を求められることになります。

(2) 遺産分割における使用借権の評価と特別受益

ア 遺産分割における使用借権の評価

相続財産を分けるためには、その財産が総額でいくらであるか、把握する必要があります。では、遺産分割において使用借権の評価額はどのように決まるのでしょうか。
 
使用借権の評価額は、実務上、更地価格の1~3割程度とされることが多くなっています。そのため、使用借権の負担がついた土地は更地価格の7~9割程度に下がります。
つまり、使用借権の負担付きの土地価格は更地価格-使用借権の価格となります。
もっとも、本件では、相続とは関係の無い第三者ではなく相続人であるCが乙土地の使用借権を持っているため、乙土地の相続財産の評価については、使用借権の負担付きの土地の価格+使用借権=更地価格として、更地価格と同額の資産評価となります。

イ 遺産である土地の無償使用と特別受益

Aの生前にCが乙土地を無償で使用していたことが、特別受益となるのでしょうか。
 
特別受益とは、共同相続人の中に被相続人から生前に贈与を受けた場合などにその贈与を特別な受益として相続分の前渡しとみて、贈与分を相続財産に加算して相続分を計算することをいいます。
実務では、遺産である土地の無償使用は生計の資本となっており、遺産の前渡しといえるため、原則として特別受益になると考えられています。理由は、使用借権のついた土地は他人所有の建物が建っていることが多く、その土地を事実上売却することは困難であり、客観的評価額も更地価格の1~3割程度引かれるからです。
なお、Cの立場では、使用借権の評価額、評価額の遺産総額に占める割合、同居の有無、対価の金銭の支払いの有無・額、被相続人に対する貢献度合いなどを総合的に考えて、特別受益に当たらないと主張することになります。
 
さらに、遺産の前渡しの計算をしない意思表示(これを、「持戻し免除」の意思表示といいます。)が被相続人にあったかも確認することになります。本件では、この意思表示がAにあった場合には、Cの特別受益分を相続分から引くことは無くなります。

ウ 土地の使用料相当額の特別受益性

CがAの生前に支払いを免れていた土地の使用料相当額についても、使用借権の設定とは別に特別受益になるのでしょうか。
 
これについては、土地使用による利益は、使用借権から派生するもので、使用借権の価格の中に織り込まれているとみるべきであるから、使用借権とは別に特別受益とみるのは妥当ではないとする裁判例があります(東京地裁平成15年11月17日判決)。  
そこで、土地の使用料相当額については特別受益には当たらないため、本件でも、Cが支払いを免れていた使用料相当額は特別受益には当たりません。

4. ②(遺産である建物の無償使用)について

A所有の丙建物を無償使用しているBも遺産分割では、特別受益を得たと考えられて、その使用料相当額を相続分から引かれるのでしょうか。
 
まず、Bの無償使用も使用貸借に当たり、契約書等が無ければ黙示の使用貸借が成立していることや、契約の終了期間についての扱いは土地の場合と同じです。
 
次に、遺産建物の無償使用の特別受益性ですが、建物の場合は、土地と異なり、特別受益に当たらないと考えるのが一般的です。その理由は、裁判例によると建物の使用貸借は、土地の場合と比較して明け渡しが容易であり、経済的価値は高いとはいえないことがあげられます。また、建物の使用貸借は、恩恵的要素が強く、遺産の前渡しという性格も薄いことも理由となっています。
 
このように遺産である建物の無償使用は、特別受益には当たらないため、建物の使用借権についての評価額も問題にはなりません。
また、Bが丙建物から出ていかかなくてはならないかについては、前述のとおり、使用期間の終了時期を定めているか、そうでなくても使用目的に従った使用収益の終了、又は、使用収益をするのに必要な期間の経過で使用借権は終了します。
 
ただし、Aの死後は、使用貸借が継続していると判断されなかった場合には、土地の無償使用の場合と同様、その後の無償使用は不当利得となり、他の相続人から、その返還を求められることになります。

5. 遺産分割でもめないために

本件のような場合、相続人間の遺産分割でもめないようにするためには、事前に誰に何を相続させるかを書いた公正証書遺言を作成しておくことをお勧めします。
 
自筆証書遺言では、日付の記入をし、遺言者本人が全て自筆で書く必要があるなど方式も厳格で、これらの方式に不備があると遺言が無効になることもあるからです。
公正証書遺言を作成するメリットとしては、自筆証書遺言では、遺言者の死後、遺言書の開封前に、家庭裁判所での検認手続きが必要となりますが、公正証書遺言では、この検認手続きは不要です。また、公正証書遺言であれば、公証役場で保管もしてもらえます。
 
作成には、公証人との専門的なやり取りが必要となるため、弁護士などの専門家に相談されるのも良いでしょう。
家族などが将来の遺産分割でもめないために、被相続人としても、事前に公正証書遺言の作成などの手段を講じておくことは転ばぬ先の杖となるでしょう。

 
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています

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